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【無意味】掛け算警察について数検1級取得している元塾講師が考える

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はいどうも、カワウソだよ。

時々ツイッターで話題となるのに「掛け算警察」というものがある。これは、小学校の算数において、「掛け算には順序があり、模範回答と同じ順序で掛け算していなければ、たとえ答えがあっていてもバツになる」という信条を持ち、「順序なんてどっちでもいいだろ」という主張に激しく反発する人のことを言う。

大抵の場合、自分の子供が通っている学校で出された宿題で、掛け算の順番が逆だという理由でバツにされたと知った際、これはおかしいと採点済プリントの画像をツイッターに投稿し、議論が沸き起こる。僕が現在のアカウントを使う以前、少なくとも5年以上前からこの問題は存在していた。おそらくもっと前、それこそツイッター黎明期からこの問題はあったと予想している。

今回は、この「掛け算順序問題」について、数学的立場、そして元塾講師で小学校低学年を見たことがある立場から考えていく。

下の動画も見れくれると嬉しいよ。

 

数学的見地からすると、掛け算の順序は無意味

『文化性』が存在するということ

まず、数学的な観点からこの問題を見ていく。これはさんざん言われていることだけれど、改めて確認するよ。

まず、掛け算の順序に関して、数学的な意味は存在しない

その具体的な例を見ていこう。

 

日本の小学校教育では、(まとまりの単位)×(まとまりの数)と教わるのが一般的だ。すなわち、例えば1本100円のミネラルウォーターを3本買った時、その値段は

100×3=300

と書く。

しかし、どうもこれ、文化によって異なるんだ。

その一例がリレー。200mを4人が走るリレーの国際大会は、「4×200mリレー」と表記されることが多い。

もし、掛け算の順序に自然発生的な意味があるとすれば、それは世界共通のはずだ。しかし、日本の学校教育と、世界の一部スポーツ競技とでは順序が異なる。

これは、少なくとも数学的には掛け算の順序に意味はないということの証左ではないかと思う。

 

『たまたま結果があっているだけ』への反論

ツイッターで、この掛け算順序問題に関して、とあるマンガを見た(本当に見ただけであり、スクショをとったり、ブックマークをしたりしたわけではない。そのため、少しうろ覚えであることを容赦いただきたい)。

そのマンガでは2人の会話形式で、その内容は以下のようなものだと記憶している。

例えば、2×3=3×2というのが成り立つのは、答えが6だと知っているからであって、235×246と246×235が本当に同じかどうかは計算しないとわからない。したがって、「順番を変えてもいい」というのは間違い。

これにはまいった。なかなか特殊な世界で生きているからなのだろう。

というのも、235×246=246×235は、別に計算せずともわかるからだ。

 

世の中には、長方形という図形がある。そしてその面積は、縦×横で求まる(もちろん、横×縦でも全く問題ない)。

通常の3次元空間では、長方形を回転させても面積はかわらない(相対論的時空ならばこの限りではないかもしれない)。これは、無条件で想定されている。

となると、縦×横=横×縦だ。これは、縦横がそれぞれいくつであろうが成立する。したがって、3桁の掛け算を計算せずとも、交換法則は成り立つこれが示されている。

長方形の面積という、おそらく小2で習うような事柄を理解できない人が、掛け算順序にこだわる人の中にいるのは結構残念なことだと思うよ。

 

意味をつけた上で、それでもやはり順序はどちらでも良い

小2の範囲を小5で使えない

数学的に意味がないとしても、教育上必要という声もあるようだ。すなわち、論理的に考える力をつけさせるために必要という意見だ。

どういうことか。例えば、「順序は不要」としてしまうと、問題文に載っている数字をただ掛けたら、その意味を理解していなくても正解してしまう。これは確かに問題だろう。わかっていないのに正解になるような事態は、本来なるべく起こらないのが望ましい。

ただ、その場合においても、やはり順序は「どちらでもいい」。別に、思考停止で「どっちでもいい」と主張しているのではなく、解釈の仕方によってはどちらの順序も可能だということだ。

 

例えば、以下のような問題を考えよう。

1人にドーナツを3個配る。4人に配るには、ドーナツはいくつ必要か。

日本の一般的な教科書(小2)では、以下のような解説が載せられている。

 

まず、3×4と解く場合

一人あたり3こ、それが4人分だから3×4=12

 

続いて、4×3と解く場合

4人に1こずつ配ると4こ。実際は1人あたり3こだから4×3=12

 

この順序事態に反対する人もいる。僕自身、個人的にはあまり意味のないものだと考えている。しかし、このやり方を認めたとすると、他の問題においても「どちらの順序でもOK」ということが成り立つ。

Q.時速60kmで3時間走った道のりは?

一般的な回答は、60×3=180kmとなる。ただ、3×60=180kmとすることもできる。

ドーナツの問題と同じように、まず時速1kmの場合を考えて、3時間で3km。これを60倍して3×60という具合だ。

 

正直、常識的な観点からすると、ややひねくれた考えだろう。しかし、論理的に否定することはできない。

これを考えつけるのは、むしろ感覚・直感的なことを離れ、論理を理解した証拠とも言える。

「論理的思考力を身につけるため」に、掛け算の順序が必要という主張は、仮に小2の、掛け算を習いたての時期には成立する(というか成立させる)としても、それ以降、割合や速さの問題においては不要だ。むしろ、そういう場面で順序が異なるという理由でバツをつけるのなら、その採点者に論理的思考力がないことのあらわれとなるだろう。

 

「とりあえず掛けたらマルになる」を防ぐために

掛け算と足し算を組み合わせるだけで検知可能

「与えられた数をとりあえず掛けて正解する子がいる」という主張に対して。

それで全問正解するようなテストを作っている方が悪い。

どういうことかというと、「掛け算と足し算を組み合わせた問題」を作るだけで、この問題は解決されるんだ。

 

例えば、「1こ100円のりんご3こと、1こ80円のみかん700こを買うといくらになるでしょう。」という問題の立式は、100×3+80×700だ(掛け算については順不同)。これを、100×3×80×700としてしまうと答えも変わってきてしまう。

足し算や引き算を加えればいいだけで対処できる主張を混ぜ込むのは、むしろ掛け算順序肯定派にとっては逆効果になるのではないかな。

 

 

結論として、掛け算の順序に過度にこだわるのは、数学的にも、あるいは教育的観点からしても不合理だ。

掛け算順序は撤廃、あるいは、極めて限定的にのみ使われるのがいいんじゃないかな。

 

 

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