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ハイスペックな人と結婚した時に注意すべきこと

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はいどうも、カワウソだよ。

バブル時代、「3高」という言葉が流行した。高身長、高収入、高学歴の3つの「高」をもった男性が女性に人気だっという。

で、ときは変わり令和。まだまだ男女平等には程遠い日本だが、それでも、むしろいろんな「高」を持った女性は増えている。男性の草食系化も寄与して、かつての「3高」を女性側に求める男性も増えてくるだろう。

僕自身その一人で、妻が見事に3高そろっている。(女性の中では)高身長だし、学歴と収入はぼくのはるか上をいく。この人にプロポーズされたとき、なぜ自分なのか1週間くらい自問自答した。はっきりいって、釣り合っていない。それくらい、雲の上にいるような人、それが今の妻だ。

もちろん、そんな人と結婚することには様々なメリットもあるのだけれど、同時にデメリットもある。

今回は、そんな、「能力の高い人と結婚することで起こるデメリット」について考えていこう。

 

能力の高さは時として欠点となる

「一億総中流思考」の弊害

まず、相手ではなくて自分の能力が高い場合を考えていこう。これは少し自分のことが

なんとなくだけれど、日本人、それも年代が上の人はこの傾向が強いんじゃないかと思う。というのも、謙遜を美徳ととらえることが多いからだ。

ぼく個人としても謙遜は美徳だと思っているし、あまり自分の能力を誇示する人とは付き合えない。この考えに賛同する日本の人は多いだろう。ただ、こういう人が高い能力を身に着けている場合、時としてナチュラルに人に期待を抱きすぎている場合がある。

例えば、学力の高い大学に通っている人は、自分の大学よりも下位と思われているような大学が「名門大学」といわれていることについて、ちょっとした違和感を抱いている。

すごく乱暴に言うと、「明治大学を受験して落ちたのですか。体調が悪かったとか、試験に遅刻したとかですか?」とナチュラルに思ってしまうんだ。学生数の多かった昭和時代ならともかく、平成生まれにして、特に学習障害があるわけでもなく、高校で3年勉強して、純粋な学力が足りずに明治や法政に落ちるという発想がまったくない。

これは学力に限った話ではない。人命にかかわる問題にもつながってくる。

数年前、居酒屋チェーン・ワ●ミや、牛丼チェーン・す●家のブラックバイトが問題視されていた。あるいは、他にもブラック企業はある。しかし、そのオーナーが性根悪いかというと必ずしもそういうわけではなく、純粋な心で長時間働かせる人がいる。

例えばワ●ミの創業者は、学生時代、某運送業者でバイトしていた。今の感覚ではそのバイトは超ブラックで、そこでも耐えていた。すなわち、彼は長時間労働に耐える能力が並外れて高い。

そこで、「自分はガッツがある」というのでとどまればよかったのだけれど、「人間その気になればなんでもできる」と、他の人間もできるだろうと考えてしまったために、「24時間365日死ぬ気で働け」といってしまう。悪気があっていったわけではないが、だからこそ制御がきかなくなっている。

日本は、西洋と比べると、自分を平均だと思いたがる風潮がある。そのせいで、高い能力を持つ人が「なんでみんな、このくらいの残業で不平を言うんだろう?」「なんでこれが理解できないんだろう?」と思ってしまうおそれがある。

ハイスペックであることは、必ずしもいいことではないんだ。

 

ハイスぺと結婚すると、自分もそうだと思いこむ

努力なしで果実だけ得てしまう人

で、自分ではなくて配偶者がそういう高い能力をもつ場合、この傾向がより強まる恐れがある。

というのも、上で述べた、自分自身の能力が高い人は、生きていて自分の能力を実感することが多い。

「自分は人より勉強してきたからこの大学に入れた」とか「自分はこういう経験があったからこそ、ここまで成功したんだ」とかというのを経験する。だから、一定の謙虚さというか、「自分と他人とは違う」というのを学習する。

ただ、そういう人と結婚、あるいは付き合っている人はそうとは限らない。そういう相手のプロセスの部分を全く経験せずに、「高収入」「高学歴」といった結果のところだけ見て、あたかも自分自身がそういう属性を得ているかのような感覚になる。

だから、「あなたの恋人東大卒じゃないとか、将来不安じゃない?」とか「いや、新卒で年収700万ないとか大丈夫なの?」とか思ってしまう。たとえ自分自身に学歴や収入がなくても、だ。

もちろん、能力の高い人と結ばれているということは、自分自身も何かしらの能力や天性があったのだろう。が、その人の持っているものや経験が、相手の持っている能力に直接結びつくわけではない。だから、余計に相手を見下しかねない。

実際この点について、僕自身苦労しているところがある。僕の妻は収入も高く学歴もピカイチだ。そして妻を介して知り合った女性も、その多くがいい役職についている。こういう「すごく稼げる女性」と触れ合っていくと(というか、稼げない女性とあまり接していないと)、「稼げない女は自己責任」「女性が昇進しないのは、能力がないから」などという、実際とは異なる考えを持ってしまいかねない。「能力はあるのに昇進できない女性社員」の存在に気付きにくくなってしまう。

自慢っぽくなってしまったが、現状けっこう真剣に悩んでいる。国内に居ながらにして、違う国にいるような、宙に浮いたような気分で過ごしているんだ。

 

恋人や結婚相手がすごい人だと、自分自身にその能力がなくても、周りに求める基準が高くなるおそれがある。そして、その可能性は、自分自身が高い能力を持っている場合にそうなる可能性よりも高いと思っている。こういった危険を緩和するためにも、「自分は恵まれている」という意識を持ち続けることが大事だと思っているよ。

今回はここまでだよ(^●ω●^)

 

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