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社会的な『性差』の一部は環境や社会が作り出すという仮説

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はいどうも、カワウソだよ。

2019年12月、僕は1年以上お付き合いしていた女性と入籍した。

彼女は6つ年上、詳述はしないけれど、とある新興企業の重役についている。

一方の僕はというとまだまだ一兵卒。

 

こんな関係で、当然僕のほうがいるにいる時間が長いから、家事のほとんどを僕がやっている。これが付き合って間もない、僕が大学生だったころからの担当だ(入籍前から同棲していた)。

で、家事を担当し、エリートサラリーパーソンとともに過ごす中で気付いたことがある。

それは、僕自身の性格が『女性化』してきて、かつ彼女、今の妻が『男性化』してきたということだ。

(本来、ポリティカルコレクトネス的にはこういう表現は好ましくないかもしれないが、当記事の趣旨と照らし合わせるとこの表現が最もふさわしいと判断し、あえて『女性化』『男性化』という言葉を使うことにする)

妻はもともと活発というか、いわゆる典型的女性とは違うところがあったし、僕自身あまり『男らしく』はなかったのだけれど、関係をつづけるにあたって、僕はより女性化し、妻は男性化してきたんだ。

今回は、僕の家庭でおこっていることを書くとともに、そこから世の中で言われている『男らしさ』『女らしさ』についても考えていくよ。

 

主夫になってからの心の変化

『私と仕事、どちらが大事なの』が分かるようになった

まず、主夫をしばらくして時々、ぽつりぽつりと思いはじめたことがある。

それは、「私と仕事、どっちが大事なの」という思いだ。

 

昔のドラマなんかで女性側がいうセリフだろうけれど、この感情を時々抱くようになった。

数年前までは、正直、こういう怒りをぶつけるのはバカらしいと思っていたし、そういう女性は苦手だった。第一、単位が違う。どれだけ仕事人間であっても、恋人への態度と仕事への態度が同じという人はそういない。

しかし、彼女の残業が続くうちに、なんというか、自分が仕事に奪い取られるんじゃないかという気持ちになった。

直接彼女に言ったことはないのだけれど、「私と仕事どっちが大事なの」という気持ちに今では同情できるようになったよ。

 

ニオイへに対する変化

また、自分の体臭に対する変化も起きた。

別にまったく気にしていなかったわけではないのだけれど、昔はどちらかというと、自分の体内の悪臭を消すためのスプレーやらウエットティッシュやらを買っていた。とにかく、ニオイを消せたらよかった。それは、付き合ってしばらくするまで変わらなった。

しかし、いつの日からか、さらなる高みを望むようになった。もっといい匂いになりたい。そう思うようになってきた。

ある日、ニベアのボディーソープをつかってみた。はちみつの香りが自分の肩からするのがすごく心地よかった。

まだ香水にはチャレンジしていないが、男性用ボディーソープにありがちなミント系ではなく、女性用にあるやさしい香りを選ぶようになったよ(シャンプーも一度女性用を試してみたけど、髪質にあわなかった)。

 

性に対して受け身になる

日本語に、「抱く」という単語がある。

そのままの意味ではハグすること、抱擁することであるけれど、性行為をすることの隠語としても使われる。

そして、一般的に、男性が女性を『抱き』、女性は男性に『抱かれる』という使い方をする。

 

僕も、最初は夜の生活において、当時の彼女を『抱いて』いた。

しかし、いつからか『抱かれる』ようになっていた。

もともと受け身だったのだけれど、これは僕の中で一番大きな変化だと思っている。

 

 

 

『心の性別』は環境に左右される

『女性らしい暮らし』は『女性らしい仕事』が作るのか

当然、家事をしたからと言って則女性になるわけではない。

僕はいまだに男性的な部分もあるし、妻もまた全体でみれば女性的といえるだろう。

ただ、傾向として、家事をすることが僕の性格を一部変えたことは間違いないと思っている。

また、ココでは書いていないけれど、妻もまた変化した。ここでは彼女の名誉のためにも詳しくは書かないでおくが、その変化を目の当たりにしてから、「男はオオカミだから」みたいな風潮もまた、多くの男性が家事をしないことと関係しているんじゃないかと考えるようになった。

 

すべてに当てはまるわけではないし、自分の家庭を則一般化できるとは思っていない。

しかし、僕も妻も、夫(彼氏)が家事を担当することにより、変わった。僕は性格の面で女子っぽくなったところがあり、妻は男っぽくなったところがある。

逆に、今事情で一時的に妻のほうが家に長くいるようになり、家事をしてくれるようになったのだけれど、そうなってからは再度、僕は少しだけ、いわゆる『男っぽく』なった。僕がこの記事を書くのも、こういう事情により、いつのまにか少し女性化した自分の存在に気付いたからだ。

 

一般的に言われる「男らしさ」「女らしさ」には、もともとの生物学的な部分と、社会的に形成されたものがあるのだろう。

そして、男性が家事をし、女性が家事を任せることで、「女らしさ」の一部を男性が獲得し、「男らしさ」の一部を女性が身に着ける。

その可能性を、自らの経験をもとに提唱してみるよ(^●ω●^)

 

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