公開日:2018年10月20日

アスペルガー症候群の僕が発達障害ブログをかかない理由


 

はい、どうも。ヤマダカワウソだよ。

今日も頑張っていこう。

 

現在、発達障害者の理解は微々たるものとは言え、10年前、20年前と比べると飛躍はしていると思う。

というのも、そもそも発達障害の人が意外と身近な存在だというのもあるだろう。

 

近年注目を集めている発達障害(pdf)によると、発達障害の人は、軽度の人も含めると10人に1人以上存在しているらしい。

中でもアスペルガー症候群という名称は今や中高生でも知っているほどまでになり、逆にそれが差別用語的に使われていることもある。

誰かが「頭が悪い」「普通できることができない」といったことをすると「お前、アスペかよ」などとからかわれる。あるいはそう自虐でいう人もいる。

 

本人は冗談で言っているのかもしれないけれど、実際のアスペルガー症候群のひとの中には、そう言った使い方に傷つく人もいるだろう。

 

というのも、僕自身がそのアスペルガー症候群で、またそういった揶揄に対してイライラしている身だ

 

なるには進学サイト「通信高校」

僕自身、Twitterではアスペルガー(現在は自閉症スペクトラムと呼ばれている)やADHDなどの発達障害を公表しているアカウントや、発達障害の方を支援する活動アカウントをフォローしている。

それどころか、Twitterのプロフィール写真では、みずから購入したジグソーパズルリボン(自閉症・アスペルガー症候群に関するアウェアネスリボン)を乗っけている。

 

そういうことをしているにも関わらず、僕は発達障害に特化したブログを作っていない。そして、少なくとも今現在は、将来発達障害ブログをかく予定もない(別の分野に関する特化ブログは書きたい)

それにはいろんな思いがあるわけだけれど、今回は、発達障害ブログを書かない理由をここに書くことにしよう。

発達障害の人も、そうでない人も、読んで考えてくれると本当にありがたいよ(^●ω●^)

1.世の中に発達障害ブログは多数ある

1.1.発達障害者のブロガーは多い

 

時代の流れからか、発達障害を公表する芸能人・有名人の人が増えた。

その一例が栗原類さん。独特な雰囲気が知られているけれど、生きづらさを抱えている一人だ。

 

芸能人でなくとも、発達障害を世界に公表している人はめちゃくちゃ多い

例えばGoogleで『発達障害 ブログ』と調べるといくつも出てくる。

にほんブログ村では、ブログカテゴリの一つに『発達障害』があるくらいだ。

 

そういったブログは発達障害の当事者・あるいは、発達障害のお子さんを持つ親御さんが書いている。

自らの体験を詳しく書いているものが多く、中には文章だけでなく漫画で表現しているものもある。

 

そういった発達障害ブロガーの中には、メディアでとりあげられる人もいる。

その一例が佐藤絵梨さん。顔出しのブロガーさんだけれど、東洋経済オンラインで自身のことが特集されている。

 

発達障害自体はきわめてマイナーというわけではないけれど、特集されるほどには、大衆にあまり理解されていないということだね。

 

1.2.発達障害者はカミングアウトすべきという意見もあるかもしれない

このブログを書いている日(2018年10月)、活動家の勝間和代さんが「LGBTなのにカミングアウトしない人は学習性無気力症なのではないか」という旨の発言をしたとして、話題になっている。

 

とはいっても、勝間さんのパートナーである東小雪さんのツイートからの情報で、勝間さんがどのようなコンテキストでいったのかがわからない状態だ。

この発言に関する意見は、勝間さん自身の説明を受けてから考えることにするよ。

 

これはLGBTに関する発言であり、発達障害とは直接関係ない。

しかし、発達障害にかんして同じように考えている人、すなわち、発達障害者は自分の障害を公表していかなければならないと考えている人もいるかもしれない。

たしかに、一見正しい。というのも、いまだ理解を得られていない発達障害において、自らの病状をカミングアウトしたり、「こういうところでくるしんでいる」と言ったりすることは効果的な啓発運動になるからだ。

 

しかし、それでも僕は、発達障害に特化したブログを作る予定はないし、またこのブログ内でも発達障害特集のような記事を作る予定はない。

あくまでも「思いついたら書く」程度にとどめておいて、アスペルガーに関する記事は、多くても全体の1割くらいになるだろう。

 

以下、なぜ僕がアスペルガーブログを書かないのか、記し連ねていくよ。

 

2.僕が発達障害ブログを書かないわけ

2.1.発達障害者としての自分に書けるものが少ない

まず、ぼくが発達障害として書けるものがあるかということだ。

僕自身、人と違う、他の人と外れていると思っているところはたくさんある

 

特に聴覚に関する負担は大きくて、電車のアナウンスが少しでも大きければびくっとする。

他にも、大きな駅で、なんとなくみんなが左側通行をしているのにじぶんだけ右側通行しているのに気がつかなかったり

意識しないと無表情になったり、逆に意識して笑顔になると不自然に思われたり。

こういうのはほんの些細なことだろうけれど、毎日のように経験している。

 

しかし、同時に思うことがある。こういう日常の出来事に関して、僕は強い感情を抱くことがない

ああ、やってしまったなとは思っているし、相手にしてみれば迷惑なことも多いだろうけれど、反省や改善は自分でやればいいし、そういうことを書こうとしても、一つ一つ当日に思い出せるわけでもない。

同じように書くのであれば、自分が面白いと思ったこと・知ってほしいと思っていることを書きたい。

 

もちろん僕は発達障害ブログを非難する気は毛頭ない。ブログの内容を決めるのは本人だから、それをとがめる権利は僕にはない。

彼らはそれを書きたいから発達障害ブログを書いているのだろう。

同じように、僕は書きたくないから、発達障害ブログをかかない。

 

ただそれだけの話だよ。

 

2.2.不幸でない発達障害でいいじゃないか

そして、もう一つ。僕はこの発達障害を原因として苦しんだことがさほどない。

まだ学生の身だというのもあるかもしれないけれど、多くの友人にサポートしてもらって、今大きな不自由はない。

もちろん、発達障害で苦しんでいる人は大勢いる。僕の知り合いにも、オンライン・オフライン両方で存在する。

 

しかし同時に、僕自身はそこまで不自由さを感じていない。かなり恵まれているというのもあるし、そもそも不自由さに気づいていない可能性もある

性被害に遭ったことはある(パートナー間でのトラブル)し、客観的に見て見れば不幸かもしれないけれど、主観的な不幸感は今のところそこまで大きくない。

 

たしかに僕はアスペルガー症候群、医学的には現在自閉症スペクトラムという名前になっているけれど、そういう障害を持っている。

しかし、そういった発達障害を持っていることと、不幸であることは必ずしもイコールではない

少なくとも、今のところは問題ない。だから書かない。

 

一つ言いたいことがあるとすれば、発達障害の人が必ず生きづらいというわけではないということ

十分な外部のサポートがあれば不自由なことは少なくなるということ。

「発達障害だからこういう傾向がある」というのは知ってほしいけれど、「お前は発達障害だから生きづらいに決まっている」と決めつけるのは、「発達障害は気合で治る」ってのとおなじくらい乱暴なことだと思っているよ。

 

3.ヘレンケラーから学ぶこと

最後に、偉人・ヘレンケラーの言葉で締めくくろうと思うよ。

障害は不便です。でも、不幸ではありません。

たしかに障害は不便だ。生きづらい。

しかし、それだけで必ずしも不幸とは限らない

 

もちろん、とてつもない生きづらさを感じて、自ら不幸だと感じている人は大勢いる。それは否定しないし、否定してはいけない。

しかし、僕のように、(Sレアかもしれないけれど)不幸ではない発達障害だっている。そのことを覚えてもらうと嬉しいよ。

 

今回はここまでだよ。

障害の有無にかかわらず、みんなが程よくいきやすい社会の実現を強く望んでいるよ(^●ω●^)

 

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Published by english-otter

早稲田大学先進理工学部卒。クイズ番組が好き。 社会問題も興味あり。計算も好き。要はたいがい好き。 好きな人は小倉唯。男性は伊沢拓司。 twitter @english_otter Naverなどまとめサイト・キュレーションサイトへの無断転載は禁止しておりますのでご了承ください

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