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キズナアイ騒動から考える本物のフェミニズム

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はいどうも、カワウソだよ。

2018年10月、Youtubeチャンネル登録者数世界一のV-tuberであるキズナアイさんをめぐった問題が起きている。

それは、ある弁護士の方が、キズナアイを性的だというツイートが炎上したんだ。

それに触発されてか、当ブログで何回か取り上げているシュナムルさんも、キズナアイ(原文はキヅナアイ)の容姿について言及している。

これを受け、「キズナアイをデザインしたのは女性なのに、女性活躍の場を奪っている」などの批判がなされている。

果たしてキズナアイは、本当に女性差別を促しているのだろうか。

僕は、そうは思っていない。

むしろ、こうやって一部フェミニストと呼ばれる人がキズナアイを批判することで、彼らの考える者とは異なる、本当の意味でのフェミニズムとは何か考える良い機会となった。

今回は、女性が幸せになるためにどうすべきか、『本当の』フェミニズムについて考えていこう。

 

「わかるわかる」は時に差別になる

自閉症スペクトラム障害の僕が受けた「被害」

 

まず、シュナムル氏・並びに男性のフェミニストの方について考えたいことがある。

彼ら彼女らは本当に女性の代表としてモノを言える立場なのか。

ただし、ここで言う女性とは、彼らの支持者だけではない。日本に在住する女性全員だ。

 

もちろん、日本の女性全員に意見を求めることは不可能だろうけれど、僕がいいたいのはそこではない。

例えば、今回のキズナアイ騒動でいえば、女性の何パーセントが「キズナアイは性的だ」と思っているかそういう統計も何も取らず、自分の頭で「ここは性的だ」と考えただけであのようなツイートをしていないか、そして、その意見こそ、すべての女性が賛同するだろう意見だと思っていないか、ということだ。

 

僕は基本的に、「男は女完全に理解することは不可能」「同じ属性であっても、理解しあえるとは限らない」と思っている。

一見差別的で冷酷だろうけれど、実際、生理痛のつらさは僕にはわからないし、痴漢はうけたことあるけれど、それが女性が受けるものと同じかどうかはわからない。

でも、だからこそ、女性の意見を重視する。自分も意見を言うけれど、それが女性に反対されるなら、それを押し通す理由はない。そのように考えているよ。

 

むしろ、「俺は男だけど女性の気持ちを100%わかっている」「女性は必ず被害者だ」というような意見を男性が言うのはどうかと思っているよ。

他の件で例えてみよう。

 

僕はASD、世間的にはアスペルガー症候群として知られる(厳密には違うけど)自閉症スペクトラムという障害がある。

僕は音声によって理解するのは苦手だけど、文字情報の理解はおそらく平均程度にはある。

ほかにも、空気を読むことが苦手だったり、コミュニケーション能力に問題があったりする。

でも、それでも友人の理解もあり、そこそこの生活を送れている。

 

しかし、僕がそういう障碍持ちだと告白すると、一部の人は、「可哀そうに」と反射的に言う。

確かに不便な点もあるけれど、この障害を恨んだことはない。同じ障碍をもって不幸な生活を送っている人もいるだろうし、そうでない人もいる。

障碍者を可哀そうといった人の中には、悪気でいったわけではない人もいるだろう。

ただ「障碍者は可哀そうだ」という結論が先行しているだけだと思う。

 

そういう人は、僕のように「可哀そうでない」障碍者の意見を軽視しかねない。

実態をよく見ないまま自分のイメージで判断してしまう、感動ポルノというべきものを体験した瞬間だったよ。

 

同じように、フェミニストと呼ばれる方の中には、自分の意見を現実の女性の意見より重視している人がいるんじゃないかと思うよ。

実際、女優・声優の春奈風花さんは、女性でありながら、こうしたフェミニストとは意見が異なっている。

春名さんの意見と、シュナムルさんのような意見のどちらが女性意見の多数派かはわからない。

ただ、フェミニストの皆さんには、こういった「女性の」意見もちゃんと見てほしいな。

 

※たとえでASDという障碍を用いましたが、あくまでも「異なる属性の人は分かり合えない部分がある」ことを示したいために用いただけです。女性は障碍者だとする意図はまったくないということをこの場に書いておきます。

 

フェミニストはどうすべきか

フェミニストは女性を尊重しよう

 

では、いったいフェミニストはどうすべきだろうか。ここからかんがえていこう。

 

まず必ずしなければならないことが、女性の意見を最大限に尊重すること

僕は、女性を完全に理解できる男性は希少だと考えている。

正確には、自分以外の人間を完全に理解できる人が希少だと考えている。

だからこそ、自分の意見と女性の実態とが大きく乖離している部分があるはずだ。して、その差異を実感した時、女性の実態の方を優先する。

この態度こそ、フェミニズムとしてあるべき姿ではないかなと思うよ。

 

とはいえ、同じ女性であっても、意見の相違は当然でてくる。

キズナアイさん騒動もそれだろう。

女性弁護士が、バーチャルユーチューバーのキズナアイさんを「性的」とツイートをして騒ぎになった。

しかし、同じく女性の春名風花さんはこれに反対している。

どちらも女性の意見だ。

 

意見が異なって当然だろう。同じ男性の僕とシュナムルさんの意見が違うのと同じように、女性だからといって同じ意見である必要は全くない。

 

僕としては春名さんの意見に強く賛成しているし、無知な女性キャラを使ってもいいと思う。(ただし、別の場面で女性の先生を起用するなどのバランスは必要)

 

もし春名さんのような考えを持つ女性が多数派であれば、太田弁護士やシュナムル氏の意見は「世の女性の多くに受け入れられない意見」ということになる。

逆に、もし世の中の女性の過半数が太田弁護士やシュナムル氏と同じ意見ならば、キズナアイのゾーニングを今以上に厳しくすべきだと思う。ここで僕の意見を優先させるわけにはいかない。

女性の過半数が賛成しているものに、男性である僕がイチャモンつけるのもおかしいだろうしね。

 

大切なことは、世の女性がどう思っているか、アンケートなどを元にして現状を把握すること

 

もちろん、全ての事象でこういうことをするのはできないけれど、できるものはどんどんアンケートをする。

この場合、女性が多数決の原理で決める。それが、民主的なフェミニズムではないかな。

賛成意見には返信するけれど反対意見はほどんど一切無視しているシュナムル氏の態度は、フェミニストとしてどうなのかなと思っているよ。

 

「女性だから優遇」も場合による

 

次に、女性であっても、間違ったことを言っている人に対しては批判すること

ぼくがたかまつななさんの意見をブログで批判した時、このようなコメントを頂いた。

これに関して、僕の意図を書いておく。

 

僕は、嫌いな女性をたたいて自分の好みの女性を擁護しているわけでは決してない。そんな、感情的なことからブログを書くような人間ではないと自分では思っている。

「性差にかかわらずこういう特徴の人はいるよ」という例で、男性のシュナムル氏と女性のたかまつ氏を例に挙げた。

僕は、もし男性が同じような意見をいったとしても、同じように反論したと思うよ。

 

ただし、ここで再三言いたいのは、「同じ意見を男性がしたときでも、同じように批判できる」場合に限って批判するという点だよ。

つまり、「こいつ正論だけど女だからいちゃもんつけとこう」という考えも、「こいつ間違っているけど女だから黙っておこう」という考えも、どちらもおかしいというのが僕の考えだ。

また、間違った意見に対しても「この人男だからやんわり注意しよう」「こいう女だから徹底的に非難しよう」とかいう態度は絶対にダメだと思う。

意見者の性差にかかわらず、同じように接する。これこそが、男女平等なのではないかと思うよ。

 

ちなみに、あくまで議論においてはこうであって、例えばデートや夫婦生活においては、カップル同士で同意したことを優先してほしいよ。私生活では、女性を優遇しても非難されるべきじゃないし、僕自身そうしているつもりだ。

あくまで、意見や主張に対する態度は、性差を考えない方がいい場合もある。その意味で、以上のように書いているよ。

 

まとめると

キズナアイ騒動のように、あるキャラクターが性的搾取かどうかなど、女性にかかわることに関しては、女性の意見を尊重し、女性同士で意見が違った場合は、十分な情報提供をしたうえでの投票・多数決の原理にしたがうべき。

また、あきらかに論理的・実際的におかしい意見に対しては、その主張者が男性であっても女性であっても、同じように批判すべき。

 

今回はここまでだよ。

女性の意見を尊重し、今以上に女性が住みよい社会になっていくといいな(^●ω●^)

 

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