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渋沢栄一『論語と算盤』感想・書評 新一万円札の顔の経歴も!

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はいどうも、カワウソだよ。

風変りな学者として話題となり、現在もなおメディアで多岐にわたって活躍している落合陽一さん。

そんな落合陽一さんが中高生のころ読んでいておすすめしていた本があるよ。

 

それが以下説明する「 論語と算盤 (渋沢栄一)」だよ。

渋沢栄一と言えば、2024年から発行される新紙幣・新一万円札の顔としても知られているね。

今回は、そんな渋沢栄一のプロフィールをあらわしていくとともに、論語と算盤の内容もまとめていくよ。

 


渋沢栄一とは

日本資本主義の父

渋沢栄一の簡単な経歴を説明するよ。

渋沢栄一は現在の埼玉県深谷市に生まれた。もともとは農民の家だったのだけれど武士(幕臣)になるよ。

明治政府でも大蔵小輔事務取扱となって、大蔵大輔・井上薫のもとで財政政策にかかわったよ。

 

しかし、渋沢栄一の凄いのは退官後だ。

 

渋沢栄一は退官後、実業家となる。

そして彼がかかわった企業がとてつもない。

退官後間もなく、官僚時代に設立を指導していた第一国立銀行(第一銀行ならびに第一勧業銀行を経て、現在はみずほ銀行)の頭取に就任し、以後は実業界に身を置く。また、第一国立銀行だけでなく、七十七国立銀行など多くの地方銀行設立を指導した。

第一国立銀行ほか、東京瓦斯東京海上火災保険(現:東京海上日動火災保険)王子製紙(現王子製紙日本製紙)、田園都市(現:東京急行電鉄)、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル秩父鉄道京阪電気鉄道東京証券取引所麒麟麦酒(現:キリンホールディングス)、サッポロビール(現:サッポロホールディングス)、東洋紡績(現:東洋紡)大日本製糖明治製糖澁澤倉庫など、多種多様の企業の設立に関わり、その数は500以上といわれている。1887年ころには、渋沢を慕う経営者や管理職が集まる龍門社が組織され、昭和初期には数千名の会員を数えた[5]

ウィキペディア 渋沢栄一

かかわった会社・組織の数が500を超えるというのも驚きだし、そしてその分野もいろんなところにかかっている。

銀行からガス、鉄道、製紙、挙句の果てにはビールまで立ち上げ、そしてそれは現在もなお大企業としてのこっている。

 

また、渋沢栄一は教育にも携わった。

一橋大学・東京経済大学・国士舘大学(大学名はすべて現在の名前)の創立に尽力したほか、同志社大学創立の寄付金とりまとめにも関与、現在の二松学舎大学3代舎長に就任している。

 

いろいろやりすぎて逆にちょっと影が薄くなっている感は否めないけれど、この人がいなければ日本は実際ほどには成長しなかったかもしれないね。

で、そんな渋沢栄一が経営において活用していたのが『論語』だ。

 

それまでは、経営は卑しい仕事だとみなされていた。

しかし、渋沢はそう考えなかった。

経営によって日本国を豊かにする。しかも、論語という、当時道徳の指針とされていたものを参考にしたうえでの商売が可能だと考えた。

 

論語の教訓を生かしていかに商売をやっていくか。それについて書かれているのが『論語と算盤』だよ。

 

論語と算盤 内容

処世と信条

一見、お金儲けには倫理は不都合、だよね。

実際、少なくとも日本では多くの経営者はどこかサイコパス的というか、金もうけのためなら社会のルールやモラルを平気で破る人はいるよね。

でも、渋沢栄一はこのように書いているよ。

論語にはおのれを修め人に交わる日常の教えが説いてある。論語は最も欠点の少ないきょうくんであるが、この論語で商売はできまいかと考えた。そして私は論語の教訓に従って商売し、利殖を図ることができると考えたのである。ー論語と算盤

論語と言えば、日本だけでなく中国や韓国における倫理観・道徳観のもととなっているものだけど、その論語を用いた商売ができる、渋沢はそう考えたんだね。

立志と学問

とはいえ、ただ金稼ぎをすればいいというものではない

私は常に精神の向上を富とともに、進めることが必要と信じておる。(中略)私は極楽も地獄も心にかけない。ただ現在において正しいことを行ったならば、人として立派なものであると信じているのである。ー論語と算盤

将来天国に行けるかとか、将来得になるという理由で正しいことをするのではなく、ただ今正しいことをすれば立派。そういう内容だね。

そして、富を稼ぐだけではなく、道徳心も同時にはぐくまなければならない。

マイクロソフト共同開発者のビルゲイツは世界的な慈善活動を行っている。

https://www.gatesfoundation.org/

 

ほかにも、Googleの社是はDon’t be evil (邪悪になるな)

アメリカで成功した起業家は、意外にもこの渋沢の意見と合致しているね。

論語と算盤は日本人が書いてたものなのだから、ぜひ日本の経営者にもちゃんとやってほしいね。

常識と習慣

口は災いの門ということわざがあるけれど、渋沢は、これは真理の半分しか表していないと書いているよ。

ただ禍の門であるということを恐れて一切口を閉じたら、その結果はどうであろう。有要な場合に有要な言を吐くのは、できるだけ意思の通ずるように言語を用いなければ、せっかくのことも有耶無耶中に葬らねばならぬことである。

それでは禍の方は防げるにしても福の方は如何にして招くべきか。口舌の利用によって福も来るものではないか……-論語と算盤

確かに、口は禍の元とは言うけれど、なにか言わなきゃいけないことまで黙ってしまうことにつながる。何か言うことによってよい方向にことが進むこともあるから、口は禍福の門だとしているよ。

これを意識しているのが、例えば橋下徹元大阪府知事、あるいはトランプ大統領かな。

彼らが何か言うたびにマスコミが取り上げる。当然反発も受けるけれど、言葉の力によって有名になり、大きい権力を得たり、あるいは国民に考える機会を与えたりすることに成功したね。

仁義と富貴

この章で渋沢は、前にもふれた「金もうけと道徳心のバランス」を再び説いているよ。

おのれ自身さえ都合がよいというならば、例えば鉄道の改札場を灯篭というに、狭い場をおのれさえ先へ通ろうと、みな思ったならば、だれも通ることができぬ有様になって、ともに困難に陥る。ー論語と算盤

このたとえで示しているように、ただ欲望に従い回りを考えない行動をすれば、かえってうまくいかないことがある。僕はこれを短期的思考・近眼的思考だと考えているけれど、結果的にうまく物事を進めるためには、ある程度の理性が必要となるんだね。

ここにおいて、わたしが常に希望するところは、モノを進めたい、増したいという欲望というものは、常に人間の心に持たなければならぬ。しかしてその欲望は、どうりによって活動するようにしたい。この道理というものは、仁義徳、会い並んでいく道理である。その道理と欲望とは相密着していかなければ、この道理も前に言う、志那の衰微に陥ったような風には知らないとは言えない。-論語と算盤

理想と迷信

さて、ではここでいう道徳とか理性というものは、どのように定義することができるだろうか。

渋沢はここでヒントを挙げている

道徳というものも、作用にまで変化するものであれば、昔の道徳というものは、あまりに尊重すべき価値はなくなるが、しかし今日理化学が如何に進歩して、物質的の知識が増進していくにもせよ、仁義とかいうものは、一人東洋人が左様に観念しておるばかりではなく、西洋でも数千年前からの学者、もしくは聖賢とも称すべき人々の所論が、あまり変化しておらぬように見える。-論語と算盤

このような理屈をもって、道義とか仁義とかいうものは時代の経過、あるいは化学の進歩によって激しく変わることはないと考えているよ。

確かに、キリスト以前の宇宙観あるいは科学というものは「万物の根源は水である」とか「地球は宇宙の中心だ」とかいう、今では否定されていることがおおいね。

それに対して、聖書に載っている道徳的なものは、今なお支持されているものが多い。

この点が、科学と道徳との違いなんだね。

 

人格と修養

さて、そんな道徳。ただ知っているだけではなくて、実際に行動することが求められるね。

空理空論に走ることは、最も注意せねばならぬ。修養は何も理論ではないので、Jっ歳に行うべきであるから、どこまでも実際と密接の関係を保って進まなければならぬ。-論語と算盤

橋下徹氏がトランプ氏を評価しているのもこの点だよ。

何をするにせよ、実行を伴わない巧言はただの理想論でしかない。

やらない善よりやる偽善という言葉があるけれど、修養は実行して初めて価値のあるものになるんだね。

算盤と権利

よく言われるのは、武士道では、いかなる場合においても師に従わなければならないというのがあるね。

それでも、道徳的な点においてはその場限りではないよ。

論語にも明らかに権利思想の含まれておることは、孔子が「仁に当たっては師に譲らず」といった一句、これを証してあまりあることと思う。道理正しきところに向かっては、あくまでも自己の主張を通してよい。

これは新渡戸稲造の武士道 Bushido: The Soul of Japanにも似たような内容があるけれど、師が道義に反することがあれば、死ぬ気で留めなければならないよ。

たとえ上司であっても、反道徳的なことを犯したら、注意してもいいことだね。難しいけどね。

 

実業と至道

さて、落合陽一氏が指摘している「日本人拝金主義者論」は、渋沢も指摘しているようで

しかるに、わが日本における商工業者は、なおいまだ旧来の慣習を全く脱することができず、ややもすれば道徳的観念を無視して、一時の利に走らんとする傾向があって困る。欧米人もつねんい日本人がこの欠点あることを非難し、商取引において日本人に絶対の信用を置かぬのは、我邦の商工業者にとって非常な損失である。ー論語と算盤

日本人が私利私欲に走るのは、江戸・明治から変わっていないんだね。渋沢が論語と算盤を書いてから102年、渋沢が今の日本を見たら、どう思うだろう。

教育と情誼

「算盤と権利」では、仁に反することがあれば上司でも注意してよいとかいtけれど、ここでは、逆に親はわが子に孝行を強いるべきではないと書いているよ。

親は自分の思い方ひとつで、子を孝行の子にしてもしまえるが、また不孝の子にもしてしまうものである。ー論語と算盤

この点は僕も意識したいところなんだけれど、子供は親の道具ではないということだよ。

確かに親は子供に道徳を教える義務があるね。でも、その道徳が間違っている可能性がある。

もし子供が自分たちの意見に反発すれば、体力並びに精神の暴力を行使するのではなく、ちゃんと話し合いをする。

もし自分たちが間違っていたなら、ちゃんとそれを認めるというのも親のありかただと思うよ。

 

 

本日はここまでだよ。

論語と算盤に限らず、明治の偉人賢人の著書は見る価値があるね。

グローバル化の世の中、こういう本を読むのもいいかもしれないね(^●ω●^)

 

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