公開日:2017年12月18日

あなたの常識はみんなの非常識かもしれない-小池一夫氏の呟きから


2019年4月17日、今記事にて取り上げた小池一夫先生が肺炎のため亡くなりました。

ご冥福をお祈りいたします。

 

はいどうも、カワウソだよ。

漫画家の小池一夫氏はツイッターにおいても有名人だった。

ほっこりするようなツイートだけではなく、自らの豊富な経験からなる、深いつぶやきをすることでも有名だった。

その一つが以下のものだ。

それに対して、多くの賛否両論がよせられたよ。

その中で特に批判が殺到したのは、氏が『常識のない』と愚痴をもらした点だよ。

人伝の話にもかかわらず『すごい話』『非常識な行動』と拡散するのはいかがなものかという批判がされたよ。

どういう状況であったのかわかりかねますが、自分に必要ないものを断ることは、非常識であると大勢に拡散されるほど悪いことなのでしょうか。それも人に聞いた話として。

こういう批判を目にして、僕は思った。

そもそも、常識とは何なのだろうかと。

今回は、常識とは何か考えていくよ。

 

 

そもそも常識とは

まず、『常識』って何だろう?

日常的によく使う言葉だけれど、改めて定義に向き合うと、意外と答えられないものだろう。

 

ブリタニカ国際大百科事典にはこう書いているよ。

一般に学問的知識とは異なり、普通人が社会生活を営むためにもち、またもつべき意見、行動様式の総称

学問的に高度な知識は一部の人だけが持っていればいい。しかし、それに対して、普通の人が社会生活を送るにおいて持っておいた方がよい意見・行動のことだそうだ。

ブリタニカ的には、知識というよりかはマナーとか道徳的な点を『常識』と定義しているようだね。

 

すなわち、小池一夫さんは、お土産が自分の好きでないものであってもうけとるのが、社会人としてすべき行動だと考えている、ということだね。

 

『常識』という言葉はなくなりつつある

さて、ここではお土産受け取り拒否の是非は議論しないよ。

それよりも、以下では、小池氏のつぶやきをきっかけに、そもそも常識ってなんだろうと考えることを目的としていくよ。

 

変化する次代に『常識』は消えてゆく

で、その常識、ぼくは、フェードアウトしていく、少なくとも、この言葉がとても限定的な世界にしか通用しなくなってゆくと考えているよ。

 

その理由は大きく2つ。

まずひとつが、常識は時代や世代により変わるから。

 

例えば、高度成長期の労働者の常識と、現代の労働者の常識とは大きくちがうよね。

高度成長期なら、働けば働くほど、みんなが豊かになる。徹夜でも頑張れた。残業は良いことだったんだ。

でも今は違う。ブラック企業という概念が生まれ、定時を過ぎても残業するのはよくないという考えが、若い世代を中心に広まってきている。

 

さらに今は、時代変化のスピードが昔よりもより速くなっているんじゃないかな。

 

例えば、10年前の日本では、家電を毎年買い変えるなんて人はほとんどいなかっただろう。

しかし現在、iPhoneは新しく発売されるたびに、切り替える人が一定数いるよね。

 

他にも、中国の経済成長を見ると、2011年、わずか7年前まで日本と同じくらいだったのに、今や日本の倍の経済力を誇るようになっている。

こういう風に、時代の変化が早いから、産まれるのが2,3年違うだけで持っている認識が大きく異なってくるんじゃないかな

 

こんな時代では、世代を超えてみんなが持っている『常識』の量は減って当然だとおもうよ。

 

『常識』はボーダーレス社会にそぐわない

また、『常識』という言葉がなくなっていくだろう理由はほかにもある。

ヒト・モノ・情報の流れが活発になってきていることも、『常識』の衰退に繋がるんじゃないかな。

 

例えば労働環境。

30年前なら、もし勤めている会社がブラック企業だとしても、それを『社内常識』と思って渋々働くことができたかもしれない。

でも、今はTwitterやFacebookでいろんな企業の内情を簡単に知れる、あるいは、外国の社会生活の情報にもアクセスできるね。

そういう社会では、『社内の常識』というものは通用しなくなりつつある。

 

簡単に広範囲の情報を得られるようになったから、今まで『全世界の常識』だと信じて疑わなかったものが、実は『日本だけの常識』だったり、『会社だけの常識』だったりするのを知ってしまう。

常識が通用する範囲が狭まるんだね。

通じる範囲の狭い常識というのは、もはや常識とは言えないんじゃないかな。

以上のことを考えると、常識というものはなくなっていくのではないかと思うよ。

『お客様は神様です』は本当に正しいのか考えてみた

誰にとっての『常識』かを考えよう。


かといって、『常識』という言葉が絶滅するかと言えば、そうとも限らないよ。

ただし、『常識』が限定的であるということは意識しなければいけないと思うよ。

 

例えば、テレビ番組で専門家が

『これは医学の世界では常識なんですが』

とかそういうのを耳にしたことがある人は多いんじゃないかな。

それと同じように、

 

『弊社ではこのように行動するのが常識としています』

『我が国では、こういう考え方が常識だ』

のように、範囲を限定して『常識』という言葉が使われ続ける、というのはあるかもしれないね。

 

そうすれば、受け手も

『あなたはこう考えているが、私たちは違う考えをしている』

と意識するかもしれないね。

 

どうであれ、すべての人が共通して持っている『常識』というのはなくなりつつある。

自分が常識だと思っていたことが、相手にとっては非常識かもしれない。

そういうことを意識して生きていきたいね。

 

 

まとめ

まとめると

時代の流れが早く、様々な考えを持つ人と交流する現代では、『常識』という言葉は通用しなくなっている。誰にとっての常識を明記することで、無意識に持っていた常識の存在に気付き、コミュニケーションがスムーズになるのではないか

ということになるとおもうな。

今回は以上だよ。

みんながお互いを尊重し理解し合えるようになればいいな(^●ω●^)


ビジネス常識としての法律〈第2版〉 (日経文庫)

東大教養学部「考える力」の教室


Published by english-otter

早稲田大学先進理工学部卒。クイズ番組が好き。 社会問題も興味あり。計算も好き。要はたいがい好き。 好きな人は小倉唯。男性は伊沢拓司。 twitter @english_otter Naverなどまとめサイト・キュレーションサイトへの無断転載は禁止しておりますのでご了承ください

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