はいどうも、カワウソだよ。
日本では、お客様至上主義が繁栄している。
コンビニのようなところに行っても、神対応といえるほどの対応をしている人が多い。
それは外国人が訪日して驚く点でもあるよ。
ドイツなんかは個人主義が徹底されていて、サービス地獄とまで言われることもある。
そういう地域からすると、ファーストクラスほどの料金を払っているわけでもないのに笑顔で対応してくれておもてなしをしてくれる日本の店員は最高のものに感じるだろう。
しかし、実際そういう『お客様は神様だ』というのがうまく機能しないところもあるみたいだね。
労働組合のUAベンゼンによると、積極業に携わる人の73.9%が、悪質なクレームをうけたことがあるそうだよ。
「接客対応者を悪質クレームから守って」流通労組が厚労省に要請 「ネットで誹謗中傷された」という従業員も
今日は、この『お客様は神様』という言葉が本当に正しい使われ方をされているのか、また、サービス天国といわれる日本でぼくたちがすべき対応は何か、かんがえていこう。
『お客様は神様です』の由来
まず、『お客様は神様です』って言葉がいつできたか探ろう。
実はこれ、歌手の三波春夫さんが言ったとされる言葉なんだ。
三波さんは、いくつかのインタビューに対して次のように答えていたよ
歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って澄み切った心にならなければ完璧な藝をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです。また、演者にとってお客様を歓ばせるということは絶対条件です。だからお客様は絶対者、神様なのです-三波春夫オフィシャルサイト
観客を神様のように意識して歌っていたんだね。
目の前で聞いてくれている客を神様だと意識すれば、どうしたら客を喜ばせられるか必死で考えるよね。
しかし一方で、これは三波春夫さん自身の心がけ、サービスを提供するがわの心がけだというわけだ。
『お客様は神様』というのは、サービスを受ける客側が主張すべきことでは決してないんだね。
金さえ払えば神様なのか
さらに、三波春夫オフィシャルサイトには、三波美夕紀さんがこう書いているよ。
三波春夫にとっての「お客様」とは、聴衆・オーディエンスのことです。客席にいらっしゃるお客様とステージに立つ演者、という形の中から生まれたフレーズなのです。
三波が言う「お客様」は、商店や飲食店などのお客様のことではないのですし、また、営業先のクライアントのことでもありません。
しかし、このフレーズが真意と離れて使われる時には、例えば買い物客が「お金を払う客なんだからもっと丁寧にしなさいよ。お客様は神様でしょ?」と、いう風になるようです。そして、店員さんは「お客様は神様です、って言うからって、お客は何をしたって良いっていうんですか?」という具合。俗に言う“クレーマー”には恰好の言いわけ、言い分になってしまっているようです。
『お客様は神様です』を言い出した三波春夫さんの関係者自身が、このような注意喚起をしているよ。
つまり、彼女は、現在一般に使われている『お客様は神様です』に関して不快感をあらわしている。
そもそも、一般的に使われているような『神様だったらなんでもいていい』という考え自体、おかしなところがあるよね。
例えば、日本の神様は豊作を実現したり、学業を成就させたりと、願いを叶えるのが役割だね。
もしくは、キリスト教やイスラム教、仏教においての神様・仏様は、みんなが進むべき道を説いているよね。
少なくとも、『死ね』とか『土下座しろ』とかいう神様は、僕の知るところにはいない。
説教をするにしても、自分に都合のいい積極じゃなくて、信者全員のためになることを言うよね。
てことは、お金を払うから客が神様だというわけではない。
むしろ、神様がお布施をいただく側だということを考えると、店員さん側が神様な気もするよ。
人間としての対応をしよう。
では、ぼくたちはこの『お客様は神様です』という言葉にどう対応すればいいのだろうか。
まずは、僕たちは神様じゃないことを念頭に置いておこう。
そして同時に店員さんも神様じゃない。だから店員があまりに無茶なことを言ってきたらそれは問題にしてよいと思う。
結論としては、普通に人間としての対応をすればいいんじゃないかな。
自分も相手も人間。収入等に差があっても、まともな人なら露骨な差別はしないよね。
相手が人間なんだから、人間として扱う、たったそれだけで、この問題は解消に向かうと思うよ。
まとめると、
お客様は神様ですという言葉は、本来は歌手の意識づけの言葉である。客側が使うべき言葉ではなく、相手を人間として扱おう。
今回はここまでだよ。
店員に対しておごることもなく、逆に店員に過度に卑屈になることもなく、お互い神様ではなく『人間』としてかかわっていこうね(^●ω●^)
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